ムゲン11
「銀時。飯だ。」
「…いらない」
「…またか。だが少し位食べろ。」
高杉の自宅の2階の1室。
真っ白な壁に真っ白な机、真っ白な椅子――白しかないその部屋が銀時の生活場所だった。
広さは1人でいるには広すぎるほど十分にある。
暖房も、冷房も、何もかも充実していて、食事だって1日3回定時に運ばれてくる。
しかし、その部屋の扉は指紋認証でしか開くことは出来ない。登録された指紋は、高杉はじめ、一部の人間のものだけ。
自分には開けない。
窓も同様にしっかり鍵をかけられ、開けない。
つまり、生活場所であるこの部屋は、監禁部屋でもあるのだ。高杉の意思無しでは銀時は一歩も外には出られない。
真っ白な世界で、たった一人。
この部屋に入れられた当初、本当に気が狂うかと思った。
自分まで、真っ白になるんじゃないかと。
存在する意味もない、真っ白な存在に。
「…銀時。」
それでも辛うじて自分がここに生きているのは、自分を支える何かがあるから、だ。
目の前の黒髪の男も、その一人。
「ヅラ…今マジ食欲ねぇんだよ…」
「ヅラではない。桂だ」
桂は高杉と共にTSコーポレーションを立ち上げた人間だ。
今は会社の仕事からは手を引き、主に裏の仕事に従事している。
高杉の部下、というわけではない。高杉の周りでも限られた、高杉と対等に語れる人間の一人だ。
そんな桂が銀時の面倒を見ているのは、彼の意思だ。
高杉に「自分がお前の留守中、銀時の面倒を見よう」と進言したのだ。
高杉にだけ銀時の面倒を見させていたのでは、本当に銀時が壊れてしまう。
高杉も自分の中に自身で制御できない感情があることを自覚しているので桂の申し出を断らなかった。
「そういうな。今日はぜんざいを作ってきてやったぞ。」
大きな絨毯の真ん中で突っ伏すように横たわる銀時の傍に座り、盆を床に置いた。
「……なぁ…?」
「ん?何だ」
「…俺が高杉に囲われて…何年経つっけ…」
「……10年…近く経つのではないか?」
「…そっかぁ…」
ごろんと寝返りをうち、天井を見上げる。
「最初は…あんなじゃなかった。…高杉は、マジで俺のこと、心配してくれててさ。優しい…ってほどではなかったのかもしんねぇけど、少なくとも今のような無理やりって行動はしなかった。」
10年前――――
俺は歌舞伎町で生活していた。
親の顔も知らずに育った俺は、その町で生きることだけに執着していた。
盗みもした。体も売ったことがある。生きるためなら何でもした。
でも、そうして、ただ生きることだけでさえも、カミサマとやらは許してくれないわけで。
「げほっ――ッ…ぁーぁ…やべ…」
何日も咳が続いて、風邪かなと思い始めた矢先、その現実は突然突きつけられた。
手に乗った血。
不健康な手の白に映える赤。
もちろん病院に行く金なんかない。
「…生きたいだけなのにさ…何で許してくんねぇの…」
空を見上げると今年初めての雪が降ってきていた。
「…オイ。そこの白いの。」
そんなときに声をかけてきたのが、アイツだった。
「…来い。治してやる。」
手をのばされた。
反射的に手を握っていた。
死にたくない。まだ、俺は、何も――
「お前、名前は?」
「…銀時…」
「そうか。…銀時。俺は」
その手は異常に冷たくて、強く握っても全然温かくならなくて。
俺は、自分の手についたままの血が、温度さえも奪っているのだと、そう思った。
「高杉…」
高杉の後を手を引っ張られて進む。
人ごみを掻き分けて、早足で。
すれ違う人の寒いね、と言う声を何度も聞いた。
「…痛ッ…」
誰かとすれ違いざまに、肩にドンッと何かがぶつかる。
高杉に引かれていた手が離れて、ふらっと少し後ろに傾いた。
「何すんだちゃんと前見て歩け…ッ!!」
ぶつかった相手が怒鳴る。
自分より背が低い、黒髪の男。10代半ばと思われるその顔は、寒さのせいか鼻のてっぺんが赤い。
太陽の光を顔に、その瞳に受けて、キラキラしてる。
あぁ、こんな顔をイケメンっていうのかね、と場面に似合わず考える。
「ぁ、悪ィ…大丈夫か?」
俺を見上げたソイツは、何でか全く動かない。
「ごめんな、急いでんだわ。」
怪我もないようなので、俺は立ち上がってソイツを見下ろす。
キラキラした瞳は何だか大好きな飴玉みたいで。
俺もこんな瞳した頃あったっけ、と苦笑する。
「おい、早くしろ」
高杉の声。
「ぁ、うん。今行く!」
でも俺は、またこんな瞳を取り戻せるかもしれないんだ。
高杉が、俺を生き返らせてくれるかもしれない。
「んじゃ…ぶつかって悪かったな。」
相手の頭を軽く撫でた。
生き返る俺の、最後を見た男。
なぁ、お前は――目撃者なんだぜ?
だって俺生き返るんだから。
いままでの坂田銀時はいなくなるんだ。
お前は、その坂田銀時を見た最後の人間なんだ。
だから、覚えてて。俺の顔。俺の声。俺の、このくすんだ心――
そして、生き返った後、また会おう。
そのとき、比べてみてよ。前の俺と、違う俺を、さ。
だから、だから、
また会おう。
「!!」
「お、おい?銀時…?」
そうか、そうだったんだ。
「はは……そうか…そうだったんだ、俺…」
自分の方が忘れていた。
あの日、あの時の瞳。
アイツは――
「ヅラ…」
「だから桂だと…」
「…ぜんざい頂戴。食べたい。」
「…?……あ、あぁ。」
――決めた。
俺、待つわ。
あの、黒い髪の、あの雪の日の相手を。
そして、俺を助けると言った男のことを。
「美味…」
だから、早く来い。土方。
銀時も覚えていました。
多串君のこと。
20050205UP
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